くらしき文化サポーター

中四国有数の拠点都市に成長した倉敷市。 観光地で有名なだけでなく、長い歴史と多くの文化遺産を有するまちなのです。少しずつ、このまちの文化を紹介していきたいと思います。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
IMG_8770.jpg

 むかし浪華で手広く呉服屋を営む男がありました。わるい番頭の使い込みにかかって、店はつぶれ、一家は離散という悲惨な目にあいました。

 そこでその男は、西国で一旗あげんものと、勇躍して、備中路を下っていきました。いまの倉敷笹沖付近にたどりついたころには、くれやすい秋の日は、もう暮れかけていました。

 ふとそこに立てられている道しるべが目に入りました。目を近づけてよく見ると、道しるべには
 「北くらし、西つらし」
 と書いてありました。

 男はこれを読んではっと胸がふさがる思いがするのでした。西へ行けばつらいことばかりがあるぞ、北へ行けば目の前が真っ暗ぞというように読まれたからでした。

 せっかくの希望も夢も、うちひしがれたように、道ばたにへなへなとすわり込みました。西国へ行く元気もすっかり失せたのです。

 男はやおら起ちあがりました。
 近くの足高山に登って、首をつって死のうと覚悟をきめたのです。そのよろめく足もとをじっと見つめていた一人の僧がいました。男が一本の松の木の下で、首をつるに手ごろな松の枝を物色しはじめますと、声をかけました。

 「おい、おい。死人を扱うのは、わしの仕事じゃが、死ぬ前に話だけはしておけ。どういう理由があるのか、聞かしてくれ」

 男がそれまでの経過を話して聞かせると、僧は腹をかかえて笑いました。

 「そんなことで死のうなんて、ばかげたことじゃ。その道しるべの下を掘ってみることじゃ」
 と、男は僧とつれ立って、道しるべにあともどりしてさぐってみると、落ち葉に埋もれていたが、

 「北くらしき、西つらじま」

 と書いてありました。

 「人生もすべて同じこと。幽霊と見たのが枯れ尾花。つらし(つらじま)の南には、しあわせを呼ぶ、ふくだ(福田)、というところもある」
 僧は男をさとしました。男は涙をふきながら、あつくお礼を述べるのでした。

 その後、この男は西国へ下って、みごとに成功しました。その僧のいた寺へお礼まいりして、金百両を寺に納めたといいます。男はまた、ふたたび人々が過ちをおかさぬようにと

 「つらじま」
 を消して、
 「連じま」
 に書き換えて、二代目の道しるべを建てました。これが今に伝わるものといいます。

   「倉敷の民話・伝説」 森脇正之・編 より

IMG_8757.jpg

 この話は、あの名作 「まんが日本昔話」にも取り上げられています。
 ↓ ニコニコ動画を見ることが可能な方は、ご覧ください。
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm424771
テーマ:岡山県 - ジャンル:地域情報
コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014/07/06(日) 01:56:58 | | #[ 編集]
昔ばなしを見ました
連島に住んでいます
この「つらしくらし」の話は しあわせになるための極意があります
この石碑を1度現地に行って写真に納めたいと思います
2016/06/05(日) 17:45:46 | URL | めぐみ #aiMm5YXE[ 編集]
コメントする
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバックURL
http://kurashikibunka.blog106.fc2.com/tb.php/268-653a0812
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。