くらしき文化サポーター

中四国有数の拠点都市に成長した倉敷市。 観光地で有名なだけでなく、長い歴史と多くの文化遺産を有するまちなのです。少しずつ、このまちの文化を紹介していきたいと思います。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
20120325_002.jpg

 直径30センチ前後の分厚く大きな皿のことを「石皿(いしざら)」と呼ぶ。
 江戸時代から昭和の初めまで、日本の各地で大量生産されてきた民藝陶器の大皿である。

 石皿といえば、古い瀬戸のそれが有名であるが。
 表面に絵でも描かれていようものならば、驚くほど高価なものになってしまう。
 こうした絵瀬戸の石皿は、おいそれと手の出る値段ではない。

 さて、うってかわって。
 この二枚は、酒津焼の石皿である。
 おそらくは明治時代のものであろう。

 ろくろで素直に引かれた造り。
 高台(※)の赤っぽく荒い土。
 無骨な丸い目跡(※)。

 どれも好ましい。

20120325_010.jpg

 民藝の開拓者・柳宗悦(やなぎむねよし)は、その著作の中で酒津焼をこう評している。

 (古備前から続く備前の)窯よりもむしろそういう雑器を焼く酒津の方が、注意されてよいでありましょう。
 倉敷市外に流れる高梁川のほとりに建つ景色のよい窯場であります。
 近年この窯で鉄釉(てつぐすり)の地に絞描(しぼりがき)で線を引いた丼鉢を作りました。
 大型も小型も拵(こしら)えます。
 調子が甚だよく、どんな台所に入っても、また卓上で用いられてもよいでありましょう。

 近年倉敷に羽島窯が起り、よい雑器を試みます。
 浅口郡に大原窯があって、釉(くすり)のない瓦焼で、土瓶とか焙烙(ほうろく)とか土鍋とか蛸壺とかを作ります。
 少しもいやみのない品々で、こういう質素なものの値打は、もっと認められてよいと思われます。

(柳宗悦 「手仕事の日本」 昭和18年刊 より)

 そう。
 酒津焼は、倉敷の誇る民藝陶であるのだ。

 古い酒津焼は、今でも骨董市や古道具屋で見かけることができる。

 石皿のような大きなものは、現代の生活スタイルにはあわないのだろうか。
 こうした無地の石皿であれば、驚くほど安価に手に入れることができる。

 巷でみかける酒津焼の石皿には、黄色のあがりのものが多いように思える。

 しかし、たまにはこうした「白もん」や「黒もん」に出会えることがあり、自分好みのあがりの石皿を手に入れることできる。

 市内や近郊のフリーマーケットで、あるいは古道具屋で。
 好みの地元産のものを見つけることができたときは、本当に嬉しい。


※ 高台・・・器を支える足の部分。
※ 丸い目跡・・・こうした大量生産の器は、窯内で重ねて焼かれるため、釉薬を掛けていると上下の皿が溶着してしまう。それを防ぐため、重なる部分の釉薬を丸くぬぐったり、「とちん」や「はま」と言われる支えを使う。
スポンサーサイト
テーマ:岡山県 - ジャンル:地域情報
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。