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くらしき文化サポーター

中四国有数の拠点都市に成長した倉敷市。 観光地で有名なだけでなく、長い歴史と多くの文化遺産を有するまちなのです。少しずつ、このまちの文化を紹介していきたいと思います。

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7.「被災地由来」の支援制度と「住所地由来」の支援制度のすり合わせ(住民票が移動する場合)

 被災者支援において「災害ケースマネジメント」等を活用し、「組み合わせるべき公的支援制度」には、大きく

①住所地由来のもの
②被災地由来のもの

 の二通りがあります。

 平常時においては、住所地から行政の支援制度を受ける、つまり住民票に基づいた支援を受ける場合がほとんどです。

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 しかし、被災時には、もともと居住していた(被災地)から市外の仮設住宅等へ移動する場合も多いです。

 倉敷市真備町の場合、仮設住宅だけに限っても、令和元年8月末時点で合計2,341戸の仮設住宅のうち、507戸が総社市・岡山市などの「市外」でした。(約22%が市外に居住)

 被災者が市外に居住している際に住民票はどうしているのか。

 国の見解では仮設住宅に入居している間は住民票を動かす必要がない、としているので、被災地と住民票とが違うケースは一見生じないように見えます。

 しかし、仮設住宅等にいる場合にも、被災者のそれぞれの事情により住民票の移動は起こりました。

 被災地は倉敷市、住民票は総社市というケースが出てきたのです。

 そうなると、被災地由来の支援を提供する自治体と、住所地由来の支援を提供する自治体とが異なることになります。

 具体的には、

①国民健康保険の加入、高齢者支援サービスなどの「住所地由来の支援」
②公費解体、災害公営住宅への入居、被災者生活再建支援金などの「被災地由来の支援」

 の提供者が異なることになります。

 こうしたことを自らで整理できる被災者は良いのですが、そうした力の弱い被災者の場合には、このことを踏まえた支援が必要になります。

 倉敷市真備町の場合には、

・市外居住者であっても倉敷市がアプローチを続け、被災者の事情や支援情報の整理を行った。
・必要なケースに絞ったうえで、他自治体を交えた「災害ケースマネジメント」の会議を行った。

 などで対応してきました。

 特に「被災地由来」の支援制度には、必ず締め切りがあります。
 一方で、制度の締め切りが延長を繰り返す場合もあります。

 これらの事情を良く理解し、どこにいようと被災者を適切に支援するために、「被災地」と「住所地」のそれぞれの支援制度を組み合わせるための「仕組み」を考えておくことが必要だと思います。


【参考資料】
(倉敷市社会福祉協議会)平成30年7月豪雨災害(倉敷市真備地区)における被災者生活支援に関する報告書


●目次
テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア
1.真備町の被災者支援について
はじめに
  はじめに 2
  はじめに 3
  はじめに 4
  はじめに 5
  はじめに 6

2.災害ボランティアセンターについて
リエゾンとして
本部とサテライト機能
熱中症対策
  熱中症対策 2
災害ボランティアの人数 報道の効果
  災害ボランティアの人数 周辺のキャパシティ
  災害ボランティアの人数 交通渋滞
災害ボランティアセンターを支えるボランティア
⑹ 受援の力
⑺ 災害ボランティアセンターにおける多機関連携
⑻ 需要と供給のマッチング
災害ボランティアセンターの変遷
災害ボランティアセンターから真備支え合いセンターへ
  災害ボランティアセンターから真備支え合いセンターへ 2

3.倉敷市の被災者支援体制について
被災者支援7室
被災者生活再建支援システム
  被災者生活再建支援システム 2
  被災者生活再建支援システム 3
保健活動(保健所の支援・対応)
  保健活動(保健所の支援・対応) 2
高齢者への支援
障がい者への支援
福祉的な支援の取りまとめ
この項の最後に

4.被災者見守り・相談支援等事業について
倉敷市真備支え合いセンター
  倉敷市真備支え合いセンター 2
被災者・見守り相談支援等事業とは
  被災者・見守り相談支援等事業とは 2
国の支援(国庫補助)
  国の支援(国庫補助) 2
  国の支援(国庫補助) 3
⑷ 倉敷市の被災者見守り・相談支援等事業
  倉敷市の被災者見守り・相談支援等事業 2
⑸ 多機関との連携
災害ケースマネジメント
  災害ケースマネジメント 2
  災害ケースマネジメント 3
  災害ケースマネジメント 4
  災害ケースマネジメント 5
  災害ケースマネジメント 6
⑺ 個人情報の取り扱いについて

5.倉敷市真備支え合いセンターの運営について

6.被災者に寄り添う支援として

7.被災者支援における課題について
この項のはじめに
仮設住宅の点在と被災者の孤立
県内の他自治体の借上型仮設住宅への入居
県外への移動・転出
仮設住宅以外への仮住まい
生活の再建に向けた支援
借上型仮設住宅の入居・退去
借上型仮設住宅の入居・退去(ボランティアとの連携)
「被災地由来」の支援制度と「住所地由来」の支援制度のすり合わせ(住民票が移動する場合)
「被災地由来」の支援制度と「住所地由来」の支援制度のすり合わせ(住民票の移動がない場合)


8.真備町の被災状況と復興状況について
被災前の真備町
  被災前の真備町 2
  被災前の真備町 3
  被災前の真備町 4
真備町の被災状況
  真備町の被災状況 2
  真備町の被災状況 3
支援を展開するための考察
  支援を展開するための考察 2
支援を展開するための考察(~令和2年度)
  支援を展開するための考察(~令和2年度) 2
  支援を展開するための考察(~令和2年度) 3
  支援を展開するための考察(~令和2年度) 4
支援を展開するための考察(令和3年度~)
  支援を展開するための考察(令和3年度~) 2

9.真備町への支援のこれから


【参考資料としての公式報告書】
(倉敷市)平成30年7月豪雨災害 対応検証報告書
(倉敷市)平成30年7月豪雨災害から復興への記録
(倉敷市)平成30年7月豪雨災害 保健活動報告書(保健所)
(倉敷市社会福祉協議会)平成30年7月豪雨災害 災害ボランティアセンター活動報告書
(倉敷市社会福祉協議会)平成30年7月豪雨災害(倉敷市真備地区)における被災者生活支援に関する報告書


※ 腰を据えて、順を追って記載するというよりは、思い出したことを五月雨式に記載していますので、わかりやすくするため目次を用意しました。
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6.借上型仮設住宅の入居・退去(ボランティアとの連携)

 発災から数年後のボランティアとの連携について、つまり被災直後の緊急時を脱した後、生活再建のステージに立った時点でのボランティアとの連携について述べます。

 ボランティアの力は大きいものです。
 被災者支援には、この力を十分に取り込むことが必要で、このことはほとんどの人が理解できますが、そのための道筋をうまく作らないと、ボランティアはボランティアで、その他の民間支援は民間だけで、行政は行政だけの動きとなりがちです。

 数多くの反省を含めて、一言でいえば、やはり話し合いが重要です。

 そのための「場づくり」が必要です。

 急ぐ時ほど、話し合いは疎かになりがちですが、支援の考え方・動き方のすり合わせは必須です。

 一緒に動こうとすれば、立場により意見の相違は数多く出てきます。
 だからこそ、被災者支援に向け、相違点を乗り越えるための話し合いが必須になるのです。

 もう少し補足すると、多くの団体が関与するときには、それらをある程度「取りまとめて話をできる立場の支援者」を作ることが重要と考えています。

 そうしないと中々話がまとまらないからです。

 被災者支援を行ってきた数年間の実体験から、多くのプレイヤーが関わるときには、ある程度それぞれの動きを取りまとめる立場の支援者を窓口にしないと、担当者が苦しくなる一方だと思います。

 倉敷市真備町でのやり方としては、ボランティアの動きや要望を取りまとめるような立場の団体を作っていました。

・当初は「災害ボランティアセンター」「復興ボランティアセンター」が窓口。
・その後、個別に異なる支援の色合いが強くなると、岡山NPOセンターが窓口。

 となりました。

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 それぞれに「異なるニーズを抱えた被災者」に対する支援の色合いが強くなった時点(2年半~3年後)で、

・ボランティアが作る新しい支援事業。
・被災者見守り・相談支援等事業で把握している被災者の事情。
・行政が運用している「被災者支援制度」。

 をすり合わせるために何度も話し合いを行い、それぞれの立場で「事業の軌道修正」を行いながら支援に取り組んできました。

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 こういう中で、多くの世帯が仮設住宅から退去する時期に、ボランティアと連携して生まれたのが、

・岡山県の補助対象外の世帯への引っ越し支援(搬送中心)。
・仮設住宅のごみの片づけ、荷造り、荷ほどきなどの引っ越し支援。
・セルフリフォーム世帯へのボランティア建築班と、建築士・ケアマネ等との連携。
・セルフリフォーム世帯への見守りとボランティア建築班との連携。

 等でした。

 この他にも「この被災者だけ」に対応するきめ細かな支援には、関係づくりからボランティアと共に関り、役割分担をしつつ生活再建の支援を行っていきました。


【参考資料】
(倉敷市社会福祉協議会)平成30年7月豪雨災害(倉敷市真備地区)における被災者生活支援に関する報告書


●目次
テーマ:災害ボランティア - ジャンル:福祉・ボランティア
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6.借上型仮設住宅の入居・退去

 浸水害で経験したことは、思った以上に持ち家の再建が早く、仮設住宅からの退去が早いことです。
 これは浸水害特有のものでしょう。

 それに伴う様々な課題があります。

 例えば

・建設型仮設住宅のコミュニティの人数減少が想像以上に早い。
・住まいの再建の早い遅いについての格差が生じる。
・コミュニティの再建が画一的に進まない。
・リフォームや新築が一気に進むため業者の手が足りなくなる。

 などです。

 これらの課題については、「保健・福祉の立場から個別支援を軸にした被災者支援」を行う私たちの立場からは優先順位が低く、多くは情報だけを伝えて、市役所の他の課に引き継いで終わりにしていました。

 「いま、ここでは、自分たち以外にやる人がいない」ことを優先してカバーするために考え、動くことを大前提としていたからです。

 つまり、手厚い支援が必要な被災者を把握し、個別世帯ごとに支援方針を立て進捗を見守る、いわゆる「災害ケースマネジメント」を実施することが自分たちの最優先の仕事と位置付けていたからです。

 それがために正直なところ、これらの課題は市役所の他課、他の支援機関に任せきりで終えています。

 その当時は「そうするしかない」と判断したものの、本当にそれで十分だったのかという反省点も含めて、今でも心が晴れないのも事実です。


【参考資料】
(倉敷市社会福祉協議会)平成30年7月豪雨災害(倉敷市真備地区)における被災者生活支援に関する報告書


●目次
テーマ:災害復興 - ジャンル:福祉・ボランティア
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5.「生活の再建(住宅・仕事・健康面など)」に向けた支援

 繰り返し言及することになりますが、やはりアウトリーチ(個別訪問)の重要性が際立ちます。

 被災者の孤立の解消だけではなく、被災者の居所に始まり、手厚い支援が必要かどうか、健康状態はどうか、などを把握することが第一だからです。

 また、継続したアウトリーチ(繰り返し訪問を続ける)をすることで、現状把握(アセスメント)を深め、被災者の再建のステップに合わせた細かな支援の段階を支援者側も踏むことができるようになります。

 この継続したアウトリーチをベースに「災害ケースマネジメント」は展開されることになります。
 したがって、被災者見守り・相談支援等事業等の「アウトリーチ」事業と「災害ケースマネジメント」は不可分の事業である、と私は認識しています。

 倉敷市の場合には、災害ケースマネジメントのうち、多機関協働型会議(多機関によるケース会議)は、緊急性や参加機関の数によって、大きく3つのグループに分けていました。

 また、こうしたケース会議の中から、

・仮設住宅の供与期間の締め切りに合わせた「再建加速支援会議」。
・引っ越し支援などボランティア等による民間支援を取り入れた「多機関ミーティング」。

 など、被災者の事情に合わせた会議を作り上げて対応してきました。

 最後に最も重要なことは、すべての支援者が「チームで動く」意識を持つことだと思います。

 多種多様であるどの支援も、被災者の生活全体の再建に向けたパーツの一つにすぎません。
 それは公的支援であっても、ボランティア等の民間支援であっても同じだと考えています。

 一つの支援の終わりが次の支援の始まりであることは良くあることですし、他の支援機関の対応を知らずに、一機関だけでできる支援は限られているからです。

 そのために「チームで動く」こと、「チームを作る」ことを常に重視してきました。

 そのために必要であったのが、チームとして「目線」と「足並み」を合わせることでした。

 ここでいう「目線」とは、

・それぞれの専門能力を生かしてケースを見る視点。
・ケース全体を見た時のバランス感覚。
・各支援機関の特性や役割の相互理解。

 「足並み」とは、

・複数の支援機関で各々の「支援のタイミング」を図ること。

 となります。

 この「目線」と「足並み」を合わせるために、中心で動く支援機関の「しつこいくらい繰り返す会議」が必要でした。

 個別世帯を支援するためのケース会議。
 それを動かすための「目線」「足並み」合わせが必要ですが、ケース会議と同時に「ケース会議で組み合わせる各種制度」そのものの相互理解や制度間調整(制度の「のりしろを作る」作業と表現していました)も重要です。

 特に次々と「新しい制度」が提供される被災者支援においては、「制度の共通理解」「制度を作るまでの調整・協議」「制度を運用している際の『のりしろ』作り」が必須で、かつ話し合いで柔軟に対応できる余地も大きいからです。

 本当に、現場、管理職のそれぞれの立場で、繰り返しの会議・協議が必要になります。


【参考資料】
(倉敷市社会福祉協議会)平成30年7月豪雨災害(倉敷市真備地区)における被災者生活支援に関する報告書


●目次
テーマ:災害復興 - ジャンル:福祉・ボランティア
古地図を持ってまち歩き ― 倉敷市藤戸町天城・藤戸 ― 目次

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1 宝永元年九月の天城 その1 その2
2 天城小学校 その1 その2
3 遍照院 その1 その2
4 太斎神 その1 その2 その3 その4 その5 その6 その7
5 廣田神社
6 道標1
7 道標2
8 道標3
9 駐車場
10 経ヶ島
11 両神燈籠
12 盛綱橋
13 藤戸寺

備中 no 町家 de クラス 「天城・藤戸の町並み散策」の案内(ガイド)で、説明した内容を残しておきます。


(参考資料)
岡山大学 池田家文庫 絵図公開データベース
児島郡天城図(高精密画像)
テーマ:岡山県 - ジャンル:地域情報
遍照院 その2
― 境内の石造物 ―


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 あまり知られていませんが、遍照院の特徴の一つは境内の石造物の多様さです。
 こんなことを言っているのは私だけですけれど。

 具体的には石材として使用されている石の種類。
 大きくは、花崗岩、砂岩、豊島石、となります。

 加工する際の石の硬さを大雑把に比較すると、豊島石、砂岩、花崗岩の順に硬くなります。
 硬くなればそれだけ、加工のための道具や技術が必要になります。

 そのため、庶民、もしくは庶民に近い層では、軟らかい石から使用が始まります。(注1)
 高い技術を持たなくとも石の加工が可能だからです。

 遍照院の境内で見ると、

○豊島石
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・五輪塔 推定1650年代(注2)
・墓石 延宝元癸□七月(1673年)
・墓石 宝永三丙戌(1706年)
・墓石 延享四丁卯九月二十二日(1747年)
・常夜燈(豊島石) 大正四乙年□□(1915年)(注3)

○砂岩
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・山門左の地蔵尊 延享四丁卯(1747年)

○花崗岩
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・山門右の地蔵尊 享和二壬戌年(1802年)
・墓石 元禄十四辛巳八月(1701年)
・墓石 正徳元辛卯年十月(1711年)

 ざっくりと説明すると。
 豊島石→花崗岩→砂岩といった流れが見えます。(注4)(注5)

 そしてこれは、近隣の石造物の建立年代と比べて矛盾があるものではないので、天城辺り(児島郡)の一定の傾向といって良いと思います。

 ちなみに、天城を中心とした近隣エリアで、庶民が花崗岩製の墓石を持つようになるのは概ね寛政後半期(1790年代)で、文化・文政期(1800~1820年代)には多くの花崗岩製の墓石が見られるようになります。

 このように、近世初期からの石の種類の流行・変遷を概ね把握できるのが、遍照院の境内の面白いところだと思います。


(注1)
 高位の者の墓石や宗教遺構などは、古代でも既に最も硬い花崗岩の利用が始まっており、中世初期には花崗岩が隆盛を誇っていました。例えば、藤戸寺の五重塔(石造藤戸寺五重塔婆・岡山県指定文化財)は、花崗岩製で寛元元年(1243年)の銘があります。

(注2)
 松田朝由氏の「豊島石石造物の研究1」の類例から推定しました。

(注3)
 大正期の豊島石製の石燈籠については、これだけで面白い研究テーマになってきたので、後日に別途記述します。

(注4)
 泉州石工と砂岩など、石工(技術者)の系統により好みとする石の種類もあったと考えます。

(注5)
 砂岩は花崗岩より軟らかく加工しやすいため、砂岩製の石造物は花崗岩より早く出現して良さそうなものですが、天城近辺では江戸中期の流行に留まっていると推測しており、これは近畿などの石の種類の展開と異なるように推測しています。おそらくは石工の移動などによる石の種類の流行や、近隣の石材の産出状況による違いだと思いますが、推測の域を脱していません。


(参考資料)
岡山大学 池田家文庫 絵図公開データベース
児島郡天城図(高精密画像)

(参考文献)
「豊島石石造物の研究1」

●目次
テーマ:岡山県 - ジャンル:地域情報
遍照院 その1
― 薬師寺と遍照院 ―


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 宝永元年九月(1704年)の絵図では「瑠璃山薬師寺」となっています。

 大正四年の「兒島郡誌」では「瑠璃山後嶽寺遍照院」。

 現在の山号等は「瑠璃山遍照院」で、本尊は薬師如来。

 宝永元年の絵図には「薬師寺」と表記されていますが、これは本尊が薬師如来であることに由来しています。

 現在の本尊も薬師如来のままです。

 なお「藤戸町誌」(昭和30年初版)によれば、

 恵日山後嶽寺遍照院、別名瑠璃山薬師寺。
 寛永十六年(1639年)池田由成(由之)が下津井城から天城に移ってから、当寺の薬師如来を尊信し、廣田神社を祈願所と定めた後、当寺を別当寺とした。」

 と解説されています。


(参考資料)
岡山大学 池田家文庫 絵図公開データベース
児島郡天城図(高精密画像)

(参考文献)
「藤戸町誌」
「兒島郡誌」

●目次
テーマ:岡山県 - ジャンル:地域情報
天城小学校 その2
― 遍照院からお茶屋跡、片原へ ―


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 宝永元年九月(1704年)の絵図に「片原」という地名があり、この「片原」という名称は今も町内会の名称等で残っています。

 天城小学校は、明治五年に発せられた学制(1872年8月)により、明治六年一月(1873年1月)に創立されました。

 当初は現・天城小学校の北側にある遍照院が校舎となっていました。
 その後、お茶屋跡(陣屋跡・現天城高校野球部グラウンド)を経て、大正十三年三月(1924年)から片原の地、つまり現在地に移っています。

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 令和4年5月現在、531人の児童が通学しています。


(参考資料)
岡山大学 池田家文庫 絵図公開データベース
児島郡天城図(高精密画像)

(参考文献)
「藤戸町誌」
「教育要覧 倉敷の教育2022」

●目次
テーマ:岡山県 - ジャンル:地域情報
天城小学校 その1
― 葭野と潮川 ―


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 天城小学校のある位置は、宝永元年九月の絵図では「葭野」と表現されています。

 つまり、「潮川(現・倉敷川)」の川岸に広がるヨシ・アシの原のことです。

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(旧・彦崎港あたりの倉敷川。ヨシの原が両岸に広がる。)

 「潮川」は海につながる潮入川(汐入川)を意味していて、倉敷川は児島湾につながり、さらに備讃瀬戸の海に開けていました。

 現在の倉敷川は淡水化していますが、昭和三十三年(1958年)に児島湾の締切堤防が完成(締切による淡水化は昭和三十四年(1959年))するまでは潮位の干満による影響を受ける海の一部であったといえます。

 船運も盛んで、瀬戸内海、備讃瀬戸から児島湾に入り、児島湾から倉敷川へ、倉敷川で倉敷まで、吉岡川を経由すると福井(東高梁川)まで、六間川を経由すると西田まで、汐入川を経由すると茶屋町・早島までの船運が可能でした。

 天城でも現在の盛綱橋あたりに川湊があったと伝わっており、岡山大学池田家文庫には、年代不詳ながらその川湊の絵図が保管されています。


(参考資料)
岡山大学 池田家文庫 絵図公開データベース
児島郡天城図(高精密画像)

(参考文献)
「藤戸町誌」

●目次
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4.仮設住宅以外への仮住まい

 真備町でも、とても多かったケースです。

 大きく課題となるケースは、

①親戚・知人宅に同居する。
②罹災住家にとどまる。

 のケースがあります。

 こうしたケースが何件あったのかということは、ざっくりとしたボリューム感でしかわかりません。
 それは、

・被災世帯の全戸の把握ができるのに時間がかかったこと。
・再建の進展により被災者が居所を移すこと。

 などから単純な計算で出てくる数字ではないからです。

 真備町の被災者支援でまず完了を目指したのは、居所の把握です。

 仮設住宅は入居時に届け出を提出するため、居所の把握は容易ですが、①親戚・知人宅のケースでは、どこにも届け出を提出する必要がないため、支援の前にまず居所を把握することが困難でした。

 真備町に被災者支援では、

・居所についてのアンケートを送付した(平成30年12月)。
・住民票異動履歴、生活用品の送付記録、広報紙や復興だよりの送付先等、市役所内の各部署の情報をシステムで共有した。
・被災した家を訪問し続け片づけに来ているタイミングを捉える、近所の人に聞きとる、休日に電話連絡をするなども効果があった。
・頻繁に居所が移動する被災者については、訪問等で築いた信頼関係の上で、転居先を教えてもらうようにした。

 という方法を使いましたが、一定のマンパワーが確保されていることが前提のやり方でした。

 被災者の居所の把握には時間がかるもので、倉敷市の場合、一通り把握できたのは、発災から9か月後の平成31年4月でした。

 ②罹災住家にそのままとどまるケースでは、居所の把握はできたものの以下の課題がありました。

・修繕が不十分なままの罹災住家で生活を続ける人がいた。
・この課題を抱える被災者のうち、一定数は長期化する。

 罹災住家にとどまる理由としては、

・水害は地震等に比べて、基礎や躯体のダメージが少ないため、倒壊の危険性が少ない。そのため、我慢すれば浸水していない二階などで生活できる。
・経済的な理由だけでなく、家に対する強い思いや、仕事が忙しい、気持ちの落ち込みなど、リフォームが進まない理由は多様である。

 これらの解決方法として、

・健康に暮らすために「最低限修繕する」必要がある箇所について、専門職(建築士、ケアマネ)を入れたケース会議を実施。
・県建築士会とともに罹災住家を訪問し、被災者の相談を受け、アドバイスを行う「アウトリーチ型」の「り災住家長期居住者アドバイス事業」を実施した。(報告書P22)
・被災者自身で気持ちの整理を進めるために、傾聴を続ける。
・戻ってきた元々の町内会等を含めて地域の見守りを進める。

 一方で、早期にリフォームを全て終えたうえで罹災住家に居住する被災者も一定数いたので、こうした被災者は住まいの課題は完了しているものとして、次の段階の生活面の課題の解決に努めました。

 繰り返しますが、仮設住宅以外の①②のケースを全て把握することを目標にしたのは、仮設住宅以外の場所で仮住まいをしている場合、

・支援情報がうまく届いているかどうかの確認が難しいこと。
・仮設住宅に紐づく支援(岡山県の場合、仮設住宅からの転居費用助成があった)がないために必要であればそれをカバーする支援を検討する必要があった。

 からです。


【参考資料】
(倉敷市社会福祉協議会)平成30年7月豪雨災害(倉敷市真備地区)における被災者生活支援に関する報告書


●目次
テーマ:災害復興 - ジャンル:福祉・ボランティア
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3.県外への移動・転出

 真備町では事例が限られましたが、広範囲にわたる災害の際には十分に表れるケースだと思います。

 仮設住宅は各都道府県が建設し、第一義的に所管します。
 アパートなどの賃貸住宅を仮設住宅とする「借上型仮設住宅」もそうです。

 しかし、被災地から県外に移動する場合に、県外では仮設住宅の提供がされない場合が多いと聞きます。

 真備町の場合では、

・地縁や血縁を頼って移動していた場合が多かったので、県外では借上型仮設住宅になるようなアパートなどへの入居が少なかった。
・電話の聞き取りで、こうした被災者の事情を把握できていた。
・被災経験のある自治体が公営住宅を無償提供してくれた。

 などの理由により、大きな問題に発展することはありませんでした。

 一方で今後のことを考えると、東日本大震災のような大規模災害だけでなく、県境の自治体で一定規模以上の災害が起こった場合には、多数の被災者の県またぎの移動、そして借上型仮設住宅への入居という事態は十分にあり得ると考えています。

 近隣で例えてみると、笠岡市と福山市がわかりやすいと思います。

 笠岡市(岡山県)から見ると、最も近くて自身の自治体より大きな自治体は西隣の福山市(広島県)です。

 事実、笠岡市から他市町村へ従業・通学している先(いわゆる昼間人口の移動先)は、福山市が最も多い(「笠岡市人口ビジョン(2018年12月3日改定)」)と分析されており、人口規模やサービスの充実なども含めて、生活圏域としては近い距離の福山市に多くを頼っていると言えます。

 このように考えると、万が一という事態の時に「県境を超えた移動」が起こることは十分に予測できます。

 真備町でも、普段の生活圏域である近隣の市町村(総社市や岡山市など)に、借上型仮設住宅により住まいを一時的に移すケースは多く見られました。

 このことを踏まえ、今後は県外での仮設住宅の提供を想定し、準備しておくべきだと今でも思いますし、このことを提言してきました。

 なお、仮設住宅は被災地の県の所管でありますが、被災地の県と仮設住宅提供先の県との間で求償を行うことで、県外で仮設住宅を提供できるスキームも作れるとも解説されている(「『災害救助法』徹底活用」 津久井進)ので、県外の仮設住宅が多い場合は、まず県間での調整を行う必要があると思います。


【参考資料】
(倉敷市社会福祉協議会)平成30年7月豪雨災害(倉敷市真備地区)における被災者生活支援に関する報告書


●目次
テーマ:災害復興 - ジャンル:福祉・ボランティア
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2.県内の他自治体の借上型仮設住宅への入居

 正直、真備町で良く表れたケースです。

 仮設住宅入居時に、市町村をまたいだ移動が起こった場合、見守りを元の自治体が実施するのか、仮設住宅のある自治体に任せるのかは、災害の規模、自治体の規模や考え方によって、さまざまだと思います。

 倉敷市の場合には、デメリットとメリットを考えたうえで、「市外であっても倉敷市が訪問し続ける」ことを選択しましたが、そのメリットとデメリットは資料のとおりです。

 さらに、元の自治体外(市外)で再建するのか、元の自治体(市内)に戻るのか、といった課題が出てきますが、この課題において何より重要な視点があります。

 それは、被災者が最終的に決断するまでには、気持ちが揺れ動くことが多いため、「待つ支援」、「寄り添い型の支援」、「意思決定に伴走する支援」という考え方が必要だ、ということです。

 「寄り添い型の支援」「伴走型の支援」というのは、聞こえが良いから実施するのではなく、被災者の気持ちや意思を優先することが、被災者自身の納得感や気持ちの落ち着きにつながり、結局それが住まいの再建だけでなく、その後の「生活の再建」に進むうえで必須の事柄となるからです。


【参考資料】
(倉敷市社会福祉協議会)平成30年7月豪雨災害(倉敷市真備地区)における被災者生活支援に関する報告書


●目次
テーマ:災害復興 - ジャンル:福祉・ボランティア
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 本日の午前中、「備中 no 町家 de クラス」「天城・藤戸歴史町並み散策」のガイドをしてまいりました。

 15名の定員を超える申し込みをいただき。
 雨が降り続く中にもかかわらず、大勢の方にご参加いただきました。

 ありがとうございます。

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 雨宿りの難しい野外という事情もあるので、途中のポイントにとどまりながらの説明は極力減らし。
 長い説明は、スタートとゴールの振り返りのみとしました。
 そのため、全般に足早に歩くような散策ガイドとなってしまいました。

 雨の中を歩いていただいたことも、ゆっくりととどまって質問等の受け答えがしっかりとできなかったことも、申し訳なかったです。

 しかも合間には、今個人的に研究している内容に偏った説明も入ってしまい。
 マニアック過ぎる部分も多かったと反省しています。

 アンケートでの反応を見るのが怖いですね。。。

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 ちなみに、昨年のガイドから。
 このように葯1メートル四方の拡大絵図を用いて説明をしています。

 10名以上の団体では見やすいとは言えない大きさですが、持ち運びやすいぎりぎりの大きさとしています。
 じっくりとこの地図のポイントと、現在の位置を見比べながら、回ることができるようにと。

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 今回のコースを考えるにあたって。
 中心となるガイド部分を昨年のコースと変えました。

 リピーターで参加してくれた方もいたので、良かったと思っています。

 というのも。
 古地図の範囲は、一回で歩き尽くすには広すぎるので。
 3回くらいに分けた方が負担が少かろう、と考えるようになったからです。

 もし来年もガイドの依頼をされることがあったなら。
 次は藤戸寺・藤戸中心の散策をしようと、ひそかに思っています。

 古地図の範囲を下調べしていると。
 この発想の3つのどのエリアにも、古い建物がポツポツとですが残っていて。
 何より、300年以上昔と現在とで、道や町割りがほとんど変わっていないことに、私自身が感動したからです。

 とりあえずは今回は終了。
 次回があるならば、またよろしくお願いします。

 遅れ遅れですが、更新が止まっている記録もアップしていきますので。。。


備中 no 町家 de クラス 「天城・藤戸歴史町並み散策」
 期間: 令和4年11月23日(水祝) 10:00~12:00
 主催: 備中町並みネットワーク (WEBサイト 備中 no 町家 de クラス
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第23回倉敷新鋭作家選抜美術展 大前和之×石原直樹
 期間: 令和4年12月6日(火)~12月11日(日)
 場所: 倉敷市市立美術館 1階第1展示室
 主催: 倉敷市文化連盟・第23回倉敷新鋭作家選抜美術展実行委員会・倉敷市
テーマ:岡山県 - ジャンル:地域情報